昭和の仮面ライダーを見ていると、平成・令和のライダーとは、仮面ライダーであることと自分の人生との関係が大きく異なるように感じます。
昭和ライダーの多くは改造人間です。仮面ライダーになったあと、ベルトを外して元の身体へ戻ることはできません。
一方、平成・令和のライダーには、仕事や学校、家族、友人、夢といった、仮面ライダーとは別の生活があります。思いがけず戦いに巻き込まれ、その役割へ適応し、戦いが終われば再び自分の生活へ戻っていきます。
この違いは、仮面ライダーの設定だけでなく、私たちの働き方やキャリアの変化とも重なって見えます。
昭和ライダーは、元の人生へ戻れない
仮面ライダー1号の本郷猛は、ショッカーによって改造人間にされました。
自ら仮面ライダーになることを望んだわけではありません。しかし、改造によって得た力を、人々を守るために使うことを選びます。
ただし、戦うことを選ばなかったとしても、改造人間であることを辞めることはできません。
本郷猛には研究者としての人生があり、一文字隼人にはカメラマンとしての仕事がありました。しかし、仮面ライダーとなった後は、悪の組織と戦うことが人生の中心になっていきます。
一つの組織を倒しても、次の悪が現れる。日本での戦いが終われば、世界各地へ向かう。
昭和ライダーは、戦いを終えて日常へ帰るというよりも、仮面ライダーとして戦い続ける人生を引き受けた存在でした。
自ら改造を望んだライダーたち
昭和ライダーが、すべて本人の意思に反して改造されたわけではありません。
仮面ライダーV3となる風見志郎は、デストロンに家族を殺され、復讐のために自分を改造してほしいと願います。
仮面ライダースーパー1となる沖一也も、宇宙開発に必要な身体を得るため、惑星開発用改造人間の被験者に志願しました。
二人の目的は異なります。
風見志郎は復讐のため、沖一也は人類の未来を切り開くために、自分の身体を変えることを選びました。
共通しているのは、その決断が簡単には取り消せないことです。
改造されることは、強い力を得ることだけではありません。以前と同じ身体や生活へ戻れなくなることでもあります。
昭和ライダーの覚悟とは、戦う覚悟であると同時に、その後の人生全体を引き受ける覚悟だったのではないでしょうか。
平成・令和ライダーは、生活の中で役割を担う
平成以降の仮面ライダーでは、仮面ライダーになることと、その人自身の生活が少しずつ分かれていきます。
偶然ベルトを手にする。誰かに選ばれる。事件や戦いに巻き込まれる。
最初から一生を仮面ライダーに捧げる覚悟があるわけではありません。
何が起きているのか分からないまま戦い始め、経験を重ねる中で、自分がなぜ戦うのかを考えていきます。
平成・令和ライダーの覚悟は、仮面ライダーになる前に完成しているのではありません。
成り行きから始まった役割へ適応し、その役割を自分の意思で引き受け直していく中で形成されます。
昭和ライダーより覚悟が弱くなったのではなく、覚悟を決める時期と方法が変わったのです。
一つの役割だけで生きるのではない
平成・令和ライダーには、仮面ライダー以外の役割があります。
探偵として依頼人に向き合う。医師として患者を救う。会社を経営する。学校へ通う。家族や仲間との関係を築く。
仮面ライダーであることは重要ですが、その人のすべてではありません。
一人の人間が持つ、複数の役割の一つとして描かれるようになります。
そして戦いが終われば、仮面ライダーであった経験を持ちながら、自分の仕事や夢、人間関係のある生活へ戻っていきます。
これは、現代のキャリアにも重なります。
かつては、一つの会社や職業に長く勤め、その役割に人生を捧げることが、働くことの標準的な姿として捉えられていました。
現在は、仕事だけでなく、家庭、地域活動、学び、趣味など、複数の役割を持ちながら生きることが一般的になっています。
一つの役割だけで自分を定義するのではなく、状況に応じて役割を選び、組み替え、意味づけ直していくことが求められます。
『仮面ライダーガヴ』は昭和へ戻ったのか
このような流れの中で、『仮面ライダーガヴ』は興味深い位置にあります。
ショウマの変身に使われるガヴは、外から身につけるだけの装備ではなく、ショウマの身体に備わった器官です。
しかも、その身体は改造を受けています。
別の人がベルトを借りれば、同じ仮面ライダーガヴになれるわけではありません。
ショウマの身体、出自、家族の歴史と、仮面ライダーとしての力は切り離せません。
この点では、ガヴは昭和の改造人間に近い存在です。
しかし、ショウマは人生のすべてを戦いに捧げているわけではありません。
人間界で暮らし、働き、お菓子を食べ、人と関係を築きながら、自分の居場所をつくろうとしています。
身体や出自を変えることはできなくても、その身体を持って、どこで、誰と、どのように生きるかは選ぶことができます。
昭和ライダーが、元に戻れない身体を戦う使命として引き受けたとすれば、ガヴは、元に戻れない身体を自分の生活の中に引き受けようとしています。
『ガヴ』は、昭和ライダーへの単純な回帰ではなく、改造人間という設定を、現代の生き方の中で描き直した作品と見ることができます。
覚悟の形は変わっても、覚悟がなくなったわけではない
昭和ライダーと平成・令和ライダーの違いは、覚悟の強さではありません。
昭和ライダーの覚悟は、改造された身体を引き受け、仮面ライダーとして一生戦い続ける覚悟でした。
平成・令和ライダーの覚悟は、思いがけず与えられた役割を、その後の経験の中で自分の意思による役割へ変えていく覚悟です。
昭和ライダーは、一度の大きな決断によって人生を仮面ライダーへ捧げました。
平成・令和ライダーは、日常生活と仮面ライダーの間で、何度も自分の役割を選び直します。
一つの使命に生きる覚悟から、複数の役割を持ちながら、その都度、自分の生き方を選び直す覚悟へ。
仮面ライダーの変化は、私たちのキャリアが、一つの会社や職業に人生を捧げる形から、複数の役割を行き来しながら自分の生き方をつくる形へ変化してきたこととも重なって見えます。
noteでは、昭和ライダーと平成・令和ライダーの違いを詳しく紹介しています
noteでは、仮面ライダー1号、V3、スーパー1、『仮面ライダーガヴ』を取り上げながら、改造人間として生きる覚悟と、戦いが終わったあと自分の生活へ戻る平成・令和ライダーの違いについて、作品の物語に沿って詳しく書いています。



