スーパー戦隊を大人になってから見返してみると、子どものころとは違った見え方をすることがあります。
子どものころは、変身、名乗り、ロボット、必殺技、敵との戦いに目が向きます。しかし、あらためて見てみると、スーパー戦隊は「チーム」や「組織」の物語としても読むことができます。
特に昔の戦隊を思い返してみると、どこか「会社」や「組織」に近い雰囲気を持っていたように感じます。
基地があり、指令があり、任務があり、メンバーにはそれぞれの役割がある。チーム全体として敵に立ち向かい、それぞれが自分の持ち場を果たしていく。
もちろん、すべての作品を一括りにすることはできません。作品ごとに設定もテーマも異なります。ただ、長い時間軸で見てみると、スーパー戦隊には、時代ごとの組織観やチーム観が少しずつ反映されているようにも見えます。
役割に人が入るチーム
昔の戦隊を、組織論の視点から見ると、「役割の要件を満たすこと」が重視されていたようにも見えます。
赤には赤に求められる役割がある。
青には青に求められる役割がある。
黄、桃、緑にも、それぞれチームの中で期待されるポジションがある。
これは会社でいえば、職務や担当業務が先に定義され、その要件に合う人が配置される考え方に近いものです。
「このポジションではどのような結果が求められるのか」
「その役割をどれだけ果たせるのか」
「チーム全体の中で、自分の持ち場を守れるのか」
こうした視点は、組織を安定して動かすうえで重要です。誰が前に出るのか、誰が支えるのか、誰が全体を見るのか、誰が場を明るくするのか。役割が明確だからこそ、チームは機能します。
昔の戦隊には、「役割の要件を満たすチーム」としての強さがあったのだと思います。
色の意味が、少しずつ変わってきた
一方で、近年のスーパー戦隊を見ていると、色や役割の意味が少しずつ変化しているようにも感じます。
同じ赤でも、みんなが同じタイプのリーダーではありません。圧倒的なリーダーシップを発揮する赤もいれば、悩みながら成長していく赤もいます。同じ青でも、冷静な参謀とは限りません。黄も、ただ力や明るさを担うだけではありません。
さらに近年では、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』のキジブラザーのように、男性がピンクを担う例も出てきました。また、『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』では、女性がブラックを担っています。
かつては、「赤だからこう」「青だからこう」「桃だからこう」「黒だからこう」という色ごとの固定的なイメージがありました。しかし近年は、その固定的な役割よりも、
「この人がその色を担うと、どのようなキャラクターになるのか」
「その人の個性や強みが、チームにどのような意味を加えるのか」
が大切にされるようになってきたのではないでしょうか。
役割に人が合わせるだけではなく、人が自分の強みや価値観を生かしながら、自分なりの役割を担っていく。
これは、現代的なチーム観に近いように思います。
指示を受けて動くチームから、持ち場で役割をつくるチームへ
この変化は、リーダーシップのあり方にも関わります。
かつてのチームでは、リーダーが判断し、メンバーがそれぞれの役割を果たすという構図が比較的わかりやすく描かれていました。リーダーが方向を示し、メンバーがその方針に沿って動く。これは、組織でいえば、指示命令型のリーダーシップに近い形です。
もちろん、このようなチームのあり方にも強みがあります。任務が明確で、素早い判断が必要な場面では、誰が判断し、誰が動くのかがはっきりしている方が機能しやすいからです。
しかし近年の戦隊では、リーダーだけがチームを動かすのではなく、それぞれのメンバーが自分の持ち場で判断し、仲間に影響を与え、場面ごとに小さなリーダーシップを発揮する姿も描かれます。
同じ色でも、作品によって意味が変わる。
同じポジションでも、誰が担うかによってチームへの関わり方が変わる。
チームの中での存在感も、最初から決まっているのではなく、関係性の中で少しずつ見えてくる。
つまり、メンバーは単なる「全体のパーツ」ではなく、自分の持ち場を見つけ、その人なりの役割をつくる存在として描かれるようになってきたのではないでしょうか。
これは、現代の組織づくりにも重なる視点です。
いまの組織では、決められた役割をこなすだけではなく、その人の強みや経験を生かして、役割そのものを少しずつ広げたり、意味づけたりすることが求められる場面があります。
同じ仕事をしていても、誰が担うかによって、その仕事の見え方や周囲への影響は変わります。
だからこそ、チームづくりでは「どの役割に誰を置くか」だけでなく、「その人がその役割をどう担げるか」を見ることが大切になるのだと思います。
組織には役割が必要であり、人には意味が必要である
ここまで考えてみると、スーパー戦隊の変化は、組織づくりや人材育成、さらにはキャリア形成の考え方とも重なって見えてきます。
かつては、組織が役割を用意し、人がそこに入っていく。その役割をきちんと果たすことが、チームへの貢献になる。
一方で、現在はそれだけでは十分ではありません。
同じ仕事であっても、その人が何を大切にしているのか。
どのような経験や強みを持っているのか。
その役割を通じて、どのように成長したいのか。
チームの中で、どのように自分らしく貢献できるのか。
こうしたことが、働く人の納得感や主体性に深く関わるようになっています。
役割を与えられるだけでは、人はなかなか主体的には動きにくいのかもしれません。その役割に、自分なりの意味を見出せるかどうかが大切になります。
これは、キャリア教育でも同じです。
学生に対して、「この経験をしなさい」「この役割を担いなさい」と伝えるだけでは、学びは深まりにくいことがあります。
その経験にはどんな意味があったのか。
自分の強みはどこで生かされたのか。
うまくいかなかったことから何を学んだのか。
次にどのような行動につなげたいのか。
こうした振り返りを通して、経験は本人にとってのキャリアの材料になっていきます。
組織には役割が必要です。
でも、人には意味が必要です。
役割の要件を満たすこと。
そのうえで、自分の強みを生かして役割を担うこと。
全体の一部として動くこと。
そのうえで、自分の持ち場で、その人なりの役割をつくること。
これらがあって、チームは前に進んでいくのだと思います。
昔の戦隊が「組織の中で役割を果たす物語」だったとすれば、近年の戦隊は「人が自分の強みを生かしながら、自分の役割に意味を見出していく物語」としても読めるのではないでしょうか。
スーパー戦隊をあらためて見てみると、単なる懐かしさだけでなく、組織づくりや人材育成、キャリア教育を考えるヒントも見えてきます。
役割に人が入るチームから、人が役割に意味を見出していくチームへ。
その変化を見ていくことは、私たち自身の働き方や学び方を考えることにもつながるのかもしれません。
note版はこちらからご覧いただけます。
昔の戦隊は、もっと“会社”っぽかった気がする――スーパー戦隊に見る、役割とチームの変化――



